朝闇が徐々に消えゆく頃。
 俺は隣で寝ている彼女を起こさないよう気を付けながら、そっとベットから抜け出る。
 そして、ベットの傍ですっとかがんで上着から煙草とライターを抜き取ると近くのソファーに腰掛ける。
 ぽんっと箱の底を軽く叩き煙草を取り出すと口にくわえ、ライターを付ける。
 いや、付けようと試みたのだが、火打ち石はかちかちと無意味な音を立てるばかりで、けっきょく火は灯らない。
「ちっガスが切れてやがる」
 だれにでもなく呟くと、少し苛立ちを感じ煙草の箱をぐしゃっと握りつぶす。
 握りつぶした瞬間、まだ数本煙草が入っていたのを思い出し、箱の中を覗いてみたがそれらは既に折れ曲がってしまっていた。
「はぁ……」
 ため息が思わずこぼれ出る。
「なにやってんだか」
 天井を見上げてそっと呟く。
 ここのところ何時もそうだ。
 何をやっても気が乗らない。
 そしてその所為か普段の生活も失敗ばかりしている。
「……」
 ちらっとベットで眠る恋人へと目を向ける。
 布団にくるまって眠るその姿。
 綺麗だとかより可愛いという感想を抱くその寝顔をぼーっと見る。
 出会った当初はドキドキとしたその顔も今では何も感じない。
「むしろ……」
 そう言いかけて、慌てて頭を振る。
 口に出したら認めてしまいそうだった。
 まさか言えるはずがない。
 一緒にいることに嫌悪感を感じ始めているなんて……
「出会った頃はそんな事無かったのになぁ……」
 思わず口をついて出る言葉。
 そう、彼女と出会った頃は何時でも輝いて見えた。
 彼女だけではなく世界さえも。
 それは小さな奇跡だと感じる程に。
 なのに、たかが三年。
 三年の時の流れが全てを流してしまっていた。
 恋も一緒に見た夢も彼女にかけるべき言葉も……
「どうしたの?」
 ふいに声をかけられる。
 彼女が目を覚ましていた。
 目を擦りながらこちらを訝しげに見ている。
「いや……」
 本来の俺ならこう言う時は何時も優しい言葉をかけてきた。
 だが、この時の俺はもしかしたら寝ぼけていたのかもしれない。
 ……そうであって欲しいと思うような言葉を思わず出してしまっていた。
「なぁ……別れよう」
 だけど、言葉は残酷で一度口にしてしまえばそれは安らぎへと変わっていた。




三年目、恋が冷める時




「「はぁ〜」」
 お昼時の居間。
 リビングのTVを前に二人の少女が盛大なため息をつく。
 いや、一人は少女と言うには少し失礼かもしれない。
 その姿はもう十分大人の女性と言ってもいいものだから。
 その少女が、もう一人の少女へと声をかける
「すごかったね〜」
「うん、こんな展開になるなんてびっくりだよっ」
 声をかけられた少女は笑顔で元気よくそう答える。
 いま、目の前で展開されていた光景に興奮が冷めないらしい。
「ホントだよね。この後どうなるのかなぁ……」
「うーん」
 考え込む二人。
 といった所で結論が出るはずもない。
 まぁ、それはそうだろう。
 所詮これはTVで放送されているお昼の連続ドラマの話なのだから……
「とりあえず明日は見逃せないね」
「うん、ボク絶対見るよっ」
「私もっ」
 二人は手を取り合うように笑顔でそう頷きあい、そのまましばしドラマの話で盛り上がる。
 暫くして、話題が色々変わった後の事だった。
「そういえばあゆちゃん」
「ん? なに? 名雪さん」
「今日は祐一いないんだね」
 大人っぽい少女がもう一人の少女へと尋ねる。
「今日は仕事お休みじゃなかった?」
「祐一君なら買い物に行ってるよ」
 あゆはそう答えると目の前の紅茶を一口飲む。
 普段どおりの仕草に名雪は少し違和感を覚え更に質問をする。
「めずらしいね。二人が一緒に出かけないなんて」
 そう言うとあゆは苦笑する。
 名雪の頭の中ではまだ水瀬家に二人とも居候していた頃の自分たちが残っているのだと気付いたからだ。
「最近は別々な事も多いよ。既に買いたい物がある時だと特にね」
「ふーん」
 名雪は納得したようなしてないような顔をする。
 まぁ、しょうがないかもしれない。
 水瀬家にいる間はあゆは事ある事に祐一に連れ出されていたし、あゆ自身も祐一が出かけるのについて歩いたのだから。
 なんというか、二人ともそれをデート代わりにしていたのだ。
「でも、やっぱり家から出て二人ともちょっと変わったんだね」
「え? そっかな?」
 名雪の言葉にあゆはきょとんとした顔になる。
 確かに生活習慣は変化したが、祐一は祐一だったし自分は自分だという感じがしていたからだ。
「うーん、なんというか落ち着いたというのかな」
「大人っぽくなった?」
 嬉しそうに聞くあゆ。
 だが、名雪にそうじゃなくてと首を振られ、うぐぅと少し落ち込む。
「なんというか、二人の関係が落ち着いたって言うのかな?」
「うぐ?」
 名雪の言うことがあゆにはいまいち要領を得ないらしい。
 名雪自身も上手く説明しづらいらしく若干困惑顔になっている。
「二人ともうちにいた頃はらぶらぶぱわー全開! って感じだったけど今はそうじゃないなって」
「ら、らぶらぶぱわー……」
 名雪の言い放った恥ずかしい単語に顔を赤らめるあゆ。
 かといって、そのころの事を思い出すと否定が出来そうもないのがなんだか悲しい。
「うぐぅ……」
「あ、別に悪いって言ってるんじゃないよ? ただとっても仲良くて良いなってっ」
 あせあせと必死にフォローをする名雪。
 あゆはそれにありがとと微笑み返と、ふと思い出を辿ってみる。
「うーん、でも確かにそう言われてみるとあの頃とは違うかも」
 あゆが考え込みながら言った言葉に名雪は不思議そうに尋ねる。
「そうなの?」
「うん」
 特に何の躊躇いもみせず頷くあゆ。
 本当らしい。
「もう、三年経つんだもん。やっぱり何時までもらぶらぶって感じじゃないよ」
「そうなんだ……」
 あゆの落ち着いた言葉に何故か微妙に落ち込む名雪。
 あゆはそれを見て不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「うーんとね。三年もしたらやっぱり恋の熱も冷めちゃうのかなって」
 あゆの問いにそんな言葉を返す名雪。
 あゆはちょっと考え込むと、そうなのかもと一言返す。
 その一言にちょっと悲しそうな顔をしながら名雪は言う。
「そっか……なんかさっきのドラマみたいだね」
「え? あ、そういう事じゃないよっ」
 名雪の言葉を聞いて慌てて言い訳するあゆ。
「なんていうのかな。あの頃みたいなドキドキがしないってだけだよ」
「ドキドキしないって……なにか違うの?」
 そういう経験がまだ無い名雪にはあゆの言いたいことがさっぱり理解出来ない。
 首を傾げるばかりである。
「えっとね。なんというか……」
 再び考え込むあゆ。
 どうやったら上手く言えるか悩んでいるらしい。
「三年前の状態が恋だとするなら、今は愛って感じなのかな?」
 やっとあゆが言った言葉はそんなことだった。
「愛?」
 だが、当然名雪にはその差が分からない。
「あのね。三年前は祐一君といるとすっごくどきどきしたんだ」
「うん、それで今はしないんでしょ?」
「そうなんだけどね。でも、そのドキドキってずっと一緒にいるには多分不自然な気持ちなんだよ」
 あゆはちょっと照れたように語る。
「一緒にいれば居る程、好きって気持ちが大きくなって平静じゃいられなくなるんだもん」
「ふーん」
「だから、一緒にいると色々と無理しちゃってすっごく大変だったんだんだ」
「そうなの? 全然そんな風に見えなかったけど?」
 名雪にはあの頃の二人が一緒にいると疲れるような関係にはとても見えなかった。
 一緒にいるのがごくごく自然で、羨ましいぐらい仲が良かったから。
「えーっとなんていうのかな。祐一君と一緒にいると毎日お祭りの中に居るみたいな感じだったんだよ」
「お祭り?」
「うん、楽しくって嬉しくって幸せなかんじ何だけど自分をセーブ出来ずに思いっきりはしゃいじゃうからバテちゃうの」
「あ、何となく分かったよ」
 名雪は頷く。
「今は本当の意味で一緒に居られてる感じかな。無理せずにすっごく自然な感じでいられるんだと思う」
「そっか」
 その言葉で完全に納得出来た名雪。
 だけど、少しだけ寂しい感じがする。
「でも、ドキドキしないって寂しくないの?」
 恋人には何時だってドキドキさせられたいと名雪は思う。
 確かにそれは大変だろうが、でもそれは嬉しい悲鳴なんじゃないかと……
「別に寂しくないよ? ボクも祐一君のことがかわらず好きだし、多分祐一君も」
 だが、あゆは落ち着いた様子でそう言う。
 惚気に聞こえなかったのはそれが本当に自然だったからだろう。
「そういうものなんだぁ……」
 名雪はそう言いながらお茶菓子のクッキーをつまむ。
 クッキーを食べつつ名雪はぼーっと考え込む。
 その時あゆの背後からにゅっと両腕が伸びてくる。
 そしてそのまま、抱きしめるような感じであゆの両肩へと置かれる。
「あ、お帰り祐一君」
 頭を後ろにそらすようにして背後を見上げるあゆがそう言う。
 特に驚いた様子も見せない。
「……」
 一瞬、祐一がとてもつまらなそうな顔をしたのを名雪は見たがなんとなく指摘するのがはばかられたので黙っていた。
 それに祐一はすぐに笑顔になってただいまとあゆに答える。
「お、山花堂のクッキーか」
「あ、うん名雪さんが持ってきてくれたの」
 祐一君も食べる? とあゆが聞く。
 祐一が頷くと、分かったと祐一の分のクッキーを取りに席を立ち上がろうとするあゆ。
「いや、一枚でいいから」
 とそのままあゆの行動を制す祐一。
「だから、食べさせてくれ」
 そしてにこやかな笑顔でそう言う。
「あ、はーい」
 あゆは特に戸惑う様子も見せずにまた体を反らすようにして背後の祐一の口元へクッキーを持って行く。
「祐一君あーん」
「あーん」
 ぱくりとクッキーを一口で食べてしまう祐一。
「どう?」
 背後を見上げたままで尋ねるあゆ
「うん、やっぱ、ここのクッキーは美味いな」
 それに対して祐一はそう微笑む。
 そっかとあゆも微笑むとまた紅茶を飲み始める。
 ちなみにあゆが目線から話したことで祐一は非常につまらなそうな顔をしているのだが、気付いてはいない。
 祐一はしばしそのままの体勢で考え事を始める。
 そして考えがまとまったのだろう、再び笑顔になる祐一。
 ただし、先程までとは違い若干邪悪さが漂っているが……
「あゆ、もう一枚くれ」
「あ、うん」
 祐一に言われあゆはまたクッキーを口元へと持って行く。
「はい」
「あーん」
 祐一はそう言いながら再びクッキーを銜える。
 ただし、今度はあゆの指ごと。
「わっちょ、ちょっと祐一君」
 そのままちゅっちゅとあゆの指を吸い上げるように舐める祐一。
 あゆはその行為に固まってしまいされるがままになっている。
 しばらくして、ちゅぽんっと指から唇を離す祐一。
 そのまま、あゆの方へと向くと
「おいし」
 一言、呟く。
「えっ!? あ……うぐぅ」
 その顔を見た瞬間沸騰するんじゃないかと言うぐらい真っ赤になるあゆ。
 わたわたとぎこちなく動くとティーカップを慌てて両手で掴み、俯く。
 その様子を見ていた祐一はそっと頭をあゆの顔の横までおろすと耳元に囁く。
「どうしたあゆ?」
「えっ!? どっどどどどどうもしてないよっ」
 声をひっくりがえしながら平静を装うあゆに祐一はにやにやと笑う。
「あーゆ」
 ハートが飛びそうな甘い声で名前を呼ぶ祐一。
「こんな事知ってるかー?」
「な、なにを?」
 祐一の様子に警戒しながらもいちおうたずねるあゆ。
 カップの中の紅茶はさっきからずっと小刻みに揺れ続けるだけだ。
「キスには格言があるんだって」
「そ、そうなんだ」
 何故そんなことを言い出すのだろうかとあゆは思ったが口には出せなかった。
 そんなことを口にすればまるで動揺しているみたいだったからだ。
 もっとも、そんな事しか頭が回らない時点でかなり動揺しているのだとは気付いていない。
 そんな中、ゆういちはすっとあゆの手を取ると口づけをする。
「まず、手だと尊敬」
「ゆ、ゆういちくんっ!?」
 ばくんとあゆの心臓が跳ねる。
 聞かれたかもと、口づけする祐一の横顔を見てみるが先程と変わりない。
 必死にまだ大丈夫だと口を固く締め、耐える体勢を作る。
「掌なら懇願」
「……っ」
「額なら友情」
「……んっ」
「瞼なら憧れ」
「……ひゃっ」
「ほっぺたなら、厚意」
「……うぐ」
 耐え続ける為に固く目を閉じているあゆだったが、その所為か祐一の唇の感触がより敏感に感じ取れてしまう。
 妙な気恥ずかしさで、鼓動がガンガンと早鐘のように打ち鳴らされ、それに必死で耐えようとする。
「あーゆ」
 また、甘い声で名前を呼ばれ、一瞬思わず体の力が抜けてしまう。
 その瞬間だった、アゴの下に当てられていた祐一の手に力が入りあゆの顔は横へと強引に向けられる。
「んんっ」
 驚きに思わず目を開けた瞬間に飛び込んできたのは祐一の顔。
 そして、それと同時に唇を暖かい物に塞がれていた。
 あゆは思わず祐一からばっと顔を放す。
 少しだけ祐一は残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔になって言った。
「そして唇が愛情だ」
「な、なにするのっ!?」
 ニヤニヤと笑う祐一になんとかそう言うのがやっとのあゆ。
「キスの格言を教えてやってるんじゃないか」
 平静な顔で言う祐一に逆にあゆは顔の温度が更に上がるのを感じた。
 祐一が何時もどおりのために何時もどおりじゃない自分の方がおかしいんじゃないかとあゆは焦るばかりなのだ。
「まだ、残ってるぞ」
「え……ま、まだあるの?」
 びくびくとそう尋ねるあゆに祐一は行動で示す。
 あゆには逃げる間さえない。
「首だとな」
「……あっ」
「……欲望」
「……」
 変な声を出してしまって最早あゆは恥ずかしさのあまり気が狂いそうだった。
 祐一の顔なんて最早見られない。
 というか自分が何を考えているのかさえも分からなくなりそうだった。
「そして最後だ」
 そういって祐一はすくい上げるようにあゆの髪を一房かき上げるとそこに口づける。
「それ以外の場所だと狂気らしい」
 思わずあゆは目線を祐一の方に向けてしまう。
 その目に映ったのは口づけ匂いを嗅ぎながら言う祐一。
 そして祐一はそのまま目線だけをあゆに向ける。
 二人の目が合う。
「あゆがあんまりにも可愛いから俺の心はもう気が狂ってしまってるんだよ」
「……あぅ」
 最早、あゆには言葉さえも出せない。
 正直、体の自由がきくならこの場から逃げ出したいぐらいなのだが、祐一にのまれてしまっているためそれも出来ない。
「あゆ」
 また名前を呼ばれる。
 ただし、今度は真剣な声で。
「好きだよ」
 あゆはぼっと自分の顔から火が出たような気がした。
 もう、体の温度は上がりきっていたと思っていたのにそれ以上に今の瞬間熱くなった。
 もはや、今の言葉が嬉しいのか恥ずかしいのか快感なのか……自分にとってどんな言葉なのかを理解する暇もない。
「あゆは俺のことどう思っているんだ?」
 今それを聞くのーっ!? 心の中であゆは絶叫する。
 普段なら平然と言える言葉だが、今言うならば一生分の勇気を使い果たしても足りないぐらいな気があゆにはしてるのに。
「お願いだ。聞かせてくれ」
 強気で懇願するような瞳で見られる。
 それは逃れられない甘い脅迫だった。
「えっとね」
「うん」
「そのね」
「うん」
「……す、好き……だよ」
 最後の方は小さくかすれて声にもなっていなかったように思う。
 だけど祐一は嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、あゆ」
「うぐぅ」
 縮こまるように俯いてしまうあゆ。
 もはや、あゆには自分という存在すらも溶けてしまいそうだった。
「あゆ」
 今度も名前を呼ばれる。
 少しだけ真剣で、とってもとっても甘く。
「したい」
「っ!?」
 その言葉を聞いた瞬間。
 あゆは思わず顔を上げる。
「だ、だめだよっまだお昼っ」
「でも、したい」
「ま、まだ、家事とか残ってるし」
「後で手伝ってやるから」
「で、でもっでもーっ」
 ぐるぐると目を回さんばかりの勢いのあゆに祐一は少し意地悪めいた顔で告げる。
「嫌だって言ってもするから」
「ええーっ!?」
「ほらっ」
 そう祐一が言った瞬間、あゆのほっぺたが両側へとみょーんひっぱられる。
「え? え?」
 祐一の突然の行動に困惑するあゆ。
「あ、あれ?」
 祐一はにやりと笑う。
「あゆがあんまりにも可愛いからほっぺたをうにゅーってひっぱる事が『したい』ってだけだったんだけど?」
 そして意地悪な声で聞く。
「なにをされると期待したんだ?」
「えっ!? あ、うぐぅ……」
 祐一が一瞬だまりあゆの瞳をじっと覗き込む。
 あゆは目が釘で打たれたように放せなくなってしまう。
 そして、祐一がくすりと微笑み口を開く。
「いやらし」
「っ!?」
 心臓が口から飛び出しそうなぐらい跳ねた瞬間。
 あゆにはぼんっと頭が瞬間沸騰した気がした。
 色々な限界とか全て突き破って……
 そして、そのままこてんと祐一の方に倒れ込む。
「うぐぅ……」
 そんなあゆを祐一は優しく抱きしめると、笑う。
「あゆ」
「……」
「ドキドキしたか?」
 思わずあゆは起きあがり祐一の顔を見る。
 その顔を見た瞬間、あゆは理解した。
 やられた……っと。
「……うぐぅ」
「愛を語るにはまだ早かったな」
 笑いながら言う祐一にあゆはもはやぐぅの音も出ない。
「とこれであゆ」
「……なに?」
 少し拗ねるように言うあゆ。
 非常に悔しいの……悔しいのだがそれ以外の感情が多すぎて複雑な気分なのだ。
 だが、祐一はそんなあゆの様子などお構いなしに一方を指差す。
「あいつ、いいのか?」
 あゆは祐一の目線の先を辿る。
「……あ」
 そこには、真っ赤になって目を回している名雪が居た。
「うぐーっ名雪さん忘れてたっ! ごめんなさいっ大丈夫っ!?」
 ぷしゅーっと蒸気を今にも噴き出しそうな名雪に慌てて駆け寄るあゆ。
 今回最大の被害者は数十分後正気を取り戻した後、あゆに向かい拗ねた顔で言った。
「……うそつき」
 



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